Yamamoto's Laboratory
真空管
オペアンプ
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はじめに

通信の歴史

真空管を考える前に,それが発明される以前の歴史に遡ることにしましょう.真空管が発明されるためには,それを要求する土壌があったはずです.真空管が発明される1900年台の初頭,通信分野で画期的な発明が続きます.それを中心にした歴史に興味が有ります.以下に,真空管が発明されるまでの歴史を示します.

1800年 Volta 電池 (ボルタ電池) の発明.
1837年 Cook and Wheatstone 最初の電信会社を設立.
1864年 J. C. Maxwell 電磁気学の法則の整理 (マクスウェルの方程式)
1876年 A. G. Bell 電話の発明.
1879年 T. A. Edison 白熱電球の発明.
1879年 D. E. Hughes 460[m]の距離,信号 (今で言う電磁波) の送受信の成功.
1884年 Oliver Heaviside マクスウェルの方程式の整理.現代風のベクトル解析を使った4個の方程式に修正.
1887年 H. R. Hertz 電磁波の存在の証明実験.
1890年 Edouard Branly 電磁波のディテクターとしてのコヒーラーの動作を証明.
1892年 William Crookes ヘルツ波 (電磁波) で無線通信が可能であることを示唆(報告).
1894年 Oliver Lodge コヒーラを検出器としてヘルツ波 (電磁波) を実験,回路内のインダクタンスとキャパシタンスを変えることによって周波数を制御.
1894年 Jagdish Chandra Bose マイクロ波を使って鐘を鳴らした (詳細不明)
1894年 Guglielmo Marconi 通信のための無線システムの最初の開発.
1900年 Reginald Fessenden 電磁波(電波)を使った音声信号の伝達.
1904年 J. F. Fleming 二極管を発明.
1907年 L. De. Forest 三極管の発明.

これを見ると,電信から電話,無線通信と歴史は順調に技術は進んだようです.最初の真空管 (二極管) が,J. F. Fleming によって発明されたのは 1904 年です.それより以前に,電磁波を使った音声信号の伝送の実験が行われていたことには驚きました.電磁波による音声信号の伝搬ができることが分かると,人間は貪欲にその技術を進化させます.少しずつ改良を積み重ね,驚くほど良いものが出来上がります.

真空管が発明されるころには,(1)通信という分野で真空管が必要,(2)白熱電球の製造技術が確立され真空管の製造が可能 — という土壌があったことが分かります.これらがあいまって,1900年代の初頭に真空管が発明されました.当時の日本にはこれらのいずれも無かったので,日本で真空管が発明されることはありえませんでした.

真空管とは

真空管は,ガラスで封じ切られた真空の内部に複数の電極を配置した電子素子です.実際の真空管を,図1に示します.1910年頃から使われ始め,1960年代まで大いに使われました.今の半導体素子と同じ,整流や増幅作用が有ります.半導体素子が発明される前の電子回路はこの真空管が使われました.コンピューターも真空管です.今は特定の用途しか使われていませんが,秋葉原などで購入することが可能です.

半導体と比較した真空管の短所は,(1)ヒーター回路が必要で電力効率悪い,(2)動作周波数が低い,(3)故障が多い,(4)サイズが大きい,(5)製造コストが高い — などが挙げられます.長所は,(1)比較的高い電圧で動作できる,(2)大きな電力を取り扱える — などです.これらの短所は,ガラスの容器の中に電極を真空中に入れていること,ヒーターを使っていることに起因します.何とかならないか? — という思いから,個体増幅器 (半導体) の研究が始まりました.この辺りの歴史については,「その5 20世紀前半  トランジスターの誕生」に詳しく書かれています.

真空管が動作すると,その内部はぼーと光ります (図2).その淡い光が良い感じで,郷愁を誘います.これはおじさんだけかも.いまでは,真空管といえば好事家の趣味の対象以外に利用価値は無いでしょうね.私は真空管ラジを製作したいと考えていますが ….何時のことになることや.

図1: さまざまな真空管.美しいですね.

図2: 真空管のヒーター点灯の様子.

真空管の歴史

エジソン効果の発見

真空管 (Vacuum Tube) が発明されるきっかけは,1883年の T. A. Edison によるエジソン効果の発見です.図3のように,白熱電球の内部に1枚の電極(プレート電極)を追加します.フィラメントに対してプレート電極が正極の場合には電流が流れ,負極の場合は電流が流れません.プレートの極性によって,電流が流れたり/流れなかったりします.これがエジソン効果です.この現象は,高温のフィラメントから真空中に電子を容易に引き出すことができますが,低温のプレートから電子を引き出すことができない — ことによるものです.フィラメントから引き出された電子は熱電子と呼ばれるもので,1899年に J. J. Thomson により証明されました.そして,1902年に O. W. Richardson により,熱電子の放出の理論が確立されました.それから,電子管の時代が始まります.

図3: エジソン効果

二極管の発明

最初の実用的な真空管は,1904年に J. F. Fleming が二極管を発明しました.図4に,その二極管を示します.電球内にもうひとつの電極が取り付けられている様子が分かります.この二極管を使うと,交流を整流することができます.図5に,その様子を示します.交流ではプレートに正負の電圧が印加されますが,電流は一方向にしか流れません.エジソン効果そのものです.かなり周波数の高い領域まで,この整流作用が起きます.後で述べますが,二極管は無線通信の高周波の検波に使われました.

図4: Fleming の二極管

図5: Fleming の二極管の動作

三極管の発明

1907年に L. De. Forest は,二極管のフィラメントとプレートの間に,グリッド電極を挿入した三極管を発明しました.図6に,Forest の真空管を示します.この三極管は増幅作用があります.グリッド電極に正の電圧を印加すると,その電圧に応じた電子を引き出します.引き出された電子の一部はグリッドに流れますが,大部分はグリッドを通過し,プレートに達します.小さなグリッド電圧で大きなプレート電流を流すことができますので,信号を増幅することができます.図7に,増幅作用の様子を示します.増幅作用を使うと発振回路もできます.発信と増幅ができますので,無線通信の素子に使うことができます.

図6: Forest の三極管

図7: Forest の三極管の動作

7は三極管です.実際に使われた真空管には,より多くの電極が配置された四極管,五極管 … もあります.

もう少し詳しい仕組み

構造

Fleming や Forest の真空管は,整流 (検波) や増幅作用の原理的な動作を示しました.しかし,効率が悪いので,後に様々な改良が加えられました.電極構造の精密化もひとつです.図1を見てください.初期の真空管からは大きく変化した様子が分かります.図8に,内部構造を示します.とても複雑に電極が配置されえいます.ガラス容器の内部は真空に封じ切られています.製造には,とても高い技術が要求されます.通常の真空管はガラス容器内の上部が銀色に光っています.これは,チタンの薄膜が光を反射しているためです.ゲッター作用のあるチタンは薄膜内部に真空中にわずかに残る原子捕まえて閉じ込めることができます.これは,真空を保つことに極めて有効です.

図8: 実用的な三極管の構造

カソード

効率を上げるための工夫のひとつに,電子を放出するカソードの改良があります.これは一見すると地味な改良ですが,最も重要な改良です.カソードへの要求は低い温度でできるだけ多くの電子を放出することです.熱電子の放出は,Richardson-Dushman の式 \begin{align} J=\frac{4\pi emk^2}{h^3} T^2\exp\left(-\frac{W}{kT}\right) \end{align} で表すことができます.ここで,\(J\)は電流密度,\(e\)は電子の電荷量,\(m\)は電子の質量,\(k\)はボルツマン定数,\(h\)はプランク定数,\(W\)は仕事関数,\(T\)は温度です.この式から,仕事関数の低い材料が望ましいことが分かります.実際には,仕事関数が低いだけではダメで,真空度が悪くても電子を放出できるものでなくはなりません.Fleming や Forest の真空管はフィラメントそのものをカソードとしていましたが,それは比較的仕事関数は高く良い特性は得られません.例えば,フィラメント材としてしばしば使われるタングステンの仕事関数は4.5[eV]です.そこで,仕事関数の低い材料の開発が続けられました.小さい工夫が積み重ねられ,真空管の技術は完成しました.

次に,カソードから放出される電子のエネルギー分布を考えよう.高温の物体(カソード)から放出される電子は,その物体と熱平衡になっているはずです.したがって,放出される電子のエネルギー分布はマクスウェル分布 \begin{align} f(v) = 4\pi v^2\left(\frac{m}{2\pi kT}\right)^{3/2}\exp\left(-\frac{mv^2}{2kT}\right) \end{align} (古典論) のはずです.ここで,\(v\)は電子の速度,\(m\)は電子の質量,\(k\)はボツルマン定数,\(T\)は温度はです.図9にカソードの温度が 2500 [K] の場合の電子のエネルギー分布を示します.横軸は速度の代わりに,エネルギーです.図から,たとえカソードの温度が 2500 [K] であっても,そこから放出される電子の運動エネルギーは分布のピークは 0.2 [eV],最大でも 2 [eV] 程度であることが理解できます.この程度のエネルギーなので,ちょっとしたグリッド電圧で電子の運動を制御できます.

図9: 温度 2500 [K] のカソードから放出される電子のエネルギー分布

制御グリッド

8を見ると,「おいおいグリッドの間隔が拡すぎない?」という疑問がわきます.間隔が拡いとポテンシャルの一様性が崩れて,グリッドを負極にしても電子を止めることができなくなります.実は,真空管はそれを上手に使っています.通常の真空管は,グリッドを負極にして動作させます.図7ではグリッドを正極にしましたが,実際の真空管ではグリッドは負極です.もちろん,正極で動作させることもありますが,それは例外的なことです.

ここでは,グリッドが負極の場合でも,カソードから放出された電子がプレートまで届くことを示します.図8に示すように,カソードから飛び出した大部分の電子の運動エネルギーは 2 [eV]以下です.カソードの温度が低ければ,もっと電子の運動エネルギーは低くなります.要するに,カソードから飛び出したほとんどの電子は,-2 [V] 程度のポテンシャルを超えられないことを意味しています.しかし,実際の三極管ではグリッドの電位を-2 [V]にしても,ほとんどの電子はグリッドをすり抜けます.これを示すために,三極管内のポテンシャルを計算します.図10に,ポテンシャルの計算モデルを示します.

図10: ポテンシャルを計算する三極管の形状

三極管のポテンシャルは,静電場計算ソフトウェアー POISSON を用いて計算します.カソードのポテンシャルを 0 [V],プレートは 200 [V] とします.そして,グリッドのポテンシャル Eg [V] を -2, -7.085, -20 と変化させます.その計算結果を図1116に示します.図中の cuttoff と示されいてる電圧は,-7.085 [V] です.これは最小ポテンシャルが 0 [V]で,ちょうど電子がプレートに届かなくなるグリッド電圧です.電子は熱エネルギーを持ちますので,この電圧 (-7.085 [V]) よりも少し低い電圧が実際の Cutoff 電圧になります.グリッド電圧が -2 [V] の場合,図12に示す通り,どこでもポテンシャルはカソードより高くなります.この場合,カソードから放出された電子はプレートに到達することができます.もちろん,図10のポテンシャルのプロットに沿った場合です.他のラインでは,ポテンシャルが負になる場合もあります.以上のことから,グリッドが負極であっても,カソードから放出された電子はプレートに届くことが分かります.グリッドポテンシャルを -20 [V] にすると(図15と図16),最小ポテンシャルは -9.7 [V] になります.この場合,電子はこのポテンシャルの壁を超えることができなので,プレートに電子が届くことはありません.

10のような三極管の場合,たとえグリッドが負極であっても,その電圧を -7 [V] よりも大くすれば三極管が動作することが分かります.これが起きる理由は,グリッドの線の間隔が比較的拡いことが理由です.

図11: 等ポテンシャルライン(Eg=-2[V])

図12: ポテンシャルプロット (Eg=-2[V])

図13: 等ポテンシャルラインEg=cutoff)

図14: ポテンシャルプロット (Eg=cutoff)

図15: 等ポテンシャルラインEg=-20[V])

図16: ポテンシャルプロット (Eg=-20[V])

真空管の応用回路

二極管による検波回路

ラジオ含めた電磁波を使った音声の伝送には,変調と復調という信号処理が必要です.人が聞こえる音は,およそ 20 [Hz] – 20 [kHz] です.この範囲の電磁波を発生することは簡単ではありません.アンテナだけでもとても長くなります.そこで,より波長の短い高周波 (通常は1[MHz]程度以上) に音声信号を乗せます.これを変調と言います.最も簡単な変調方式は,図17に示すAM (Amplitude Modulation) 変調です.図中の青線が搬送波と呼ばれる高周波です.その包絡線の片側が元の音声信号です.搬送波の周波数が高いので,電磁波にすることができます.送信側は,このAM変調された電磁波を出します.

受信側の動作は,(1)AM変調された電磁波を受信し,(2)それを電流あるは電圧信号に変換し,(3)音声信号戻すことです.まずは,AM変調された信号を整流することが必要です.高周波では整流とは言わず検波と言います(図18).検波ができると音声信号に戻す(復調)は容易です.ローパスフィルターを使えば音声信号が得られます.ローパスフィルターを使うまでもなく,検波された信号をスピーカーに接続するだけで,音声を聞くことができます.スピーカーはローパスフィルターと同じ動作をするからです.

二極管が発明される前は,鉱石検波器でAM変調された電波を検波していました.鉱石検波器の動作は不安であったので,二極管にとって代わられました.

図17: AM変調

図18: 検波波形

図19: 復調

三極管による増幅回路

先に述べたとおり三極管には,増幅作用があります.その増幅作用について,もう少し詳しく説明します.図20の回路で,三極管の増幅の特性を示します.この図では習慣に従い,ヒーター回路は描いていません.三極管の特性は,プレート電圧 (Ep) とプレート電流 (Ip),グリッド電圧 (Eg) の関係で表すことができます.大雑把に言って,グリッド電圧が入力で,プレート電流が出力に相当します.一般的に,グリッド電流は小さく,それはあまり意味を持ちません.これは,「入力インピーダンスが高い」ことを意味します.

Ebはプレートバイアス電圧,Eccはグリッドバイアス電圧です.カソードから見たグリッドの電位が負極であることに注意が必要です.先に示したとおり,グリッドが負極であってもカソードから放出された電子がグリッドに到達することができます.

図20: 三極管の特性を表す回路

これら3個の量 (プレート電圧, プレート電流,グリッド電圧) の関係をプロットすると,図22が得られます.この図中の左右のプロットは三極管の同じ特性を表しており,横軸が異なるだけです.赤線は動特性曲線/負荷曲線です.図21に示す負荷 (Load) を表し,その抵抗により赤色の動特性曲線/負荷曲線は変わります.簡単な類推により,プレートバイアス電圧 (Eb)が 400 [V]で,負荷の抵抗が 50 [kΩ] であることが分かります.

22に示すように,グリッドに正弦波の電圧を印加します.図中の赤線の動特性曲線に従いプレート電流が流れます.このプレート電流は負荷曲線に従ったプレート電圧の変化を引き起こします.これが出力になります.

図21: 三極管の特性

具体的な増幅器の回路を,図22に示します.これまでの説明から,これがアンプになっていることは自明でしょう.入力信号の交流成分は,キャパシターでグリッドバイアス電圧(直流)の影響を受けないようにしています.インプット端子を触っても,グリッドバイアス電圧で感電することはありません.出力は,トランスを使うことで,プレート電流から取り出します.トランスを使うことで,プレートバイアス電圧の影響を受けないようにしています.出力端子を触ってもプレート電圧で感電することはありません.

図22: 三極管の増幅回路

ページ作成情報

参考資料

  1. 無線の歴史に関しては,「Invention of radio」が参考になります.
  2. 無線の歴史のより詳細については,「Timeline of radio」に書かれています.
  3. 真空管の記述は,「物理学辞典」を参考にしました.
  4. 真空管の動作についてはいろいろな資料が有りますが,いい加減なものも多いです.私が調べた中で「"Tubes 201" - How Vacuum Tubes Really Work」が最もよく書かれています.

更新履歴

2017年9月27日 新規作成


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