Yamamoto's Laboratory
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コンピューターに関すること

はじめに

いわゆる,備忘録です.それゆえ,何でもかんでも役立ったことを書き留めておきます.すこしでも他の人に役立てば,幸いと考えています.ただし,webで仕入れた情報が多いことも確かです.自分で使ってみて良かったものを自分流にアレンジしたものを載せています.そのため,たくさんの記述の誤りがあると思います.誤りを発見した場合は,電子メールにて,連絡を頂ければ幸いと存じます.

著作権は,主張しません.自由に使ってください.ただし,私の方が知らないうちに,著作権に抵触していることもあると思います.その場合は,電子メールにて,連絡をください.

コンピューター遍歴

私のコンピューター遍歴を紹介します.

大学生以前

初めてコンピューターを意識したのは,中学生二年生の時です.弟が読んでいた雑誌に NEC TK-80 の広告が載っていました.コンピューターというので「おお!!」と思いました.雨センサーのような使い方が書かれており,「これって,コンピューター」とちょっとがっかりした思いがあります.

コンピューター — 当時は「マイコン」と呼ばれていていた — を強烈に意識したのは高校三年生 (1981年) の時です.当時は,日本のマイコン黎明期で各社がいろいろな製品を出していました.あまりにも高価で購入できるはずもなく,「マイコン」とか「RAM」とかいう雑誌を眺めて憧れていました.その雑誌広告の中に連立方程式を解くプログラムがあり,「コンピューターは計算だよなー」と.

大学生の頃 (1982–1986年)

大学に入学直後 (1982年),寮のベッドで生協の広告を見ていたところ,「ポケットコンピューター 9,800円」に目が止まりました.翌日の土曜日 (当時は土曜日も授業があった) に1万円を持って,ポケットコンピューター Sharp PC-1210 を購入したことを,今でも鮮明に憶えています.これで,私はプログラミング言語 BASIC を学びました.初めてのプログラムは,ネイピア数 (e=2.718281828…)の計算です.そして,そのポケコンのプリンター/カセットインターフェースを先輩から譲り受け,いろいろと遊びました.これが私のコンピューターの原点です.

Sharp PC-1211
図1: Sharp PC-1211 (PC-1210と同じ形)
Sharp MZ-2000
図2: Sharp MZ-2000

ポケットコンピューターでできることは限られており,本格的なマイコンが欲しくなります.当時,人気があったのは NEC の PC シリーズ,富士通の FM シリーズ,Sharp の MZ シリーズです.大学の寮内では,MZ シリーズが幅をきかせていた感じです.Apple II もありましたが,ちょっと高級品という感じです.キャンパス内で模造品を売っていた人もいましたが,主流ではなかったですね.なんとか自分のコンピューターが欲しく,そこで一月くらいパチンコに精をだしました.20万円ほど荒稼ぎし,Sharp の MZ-2000 を購入しました.それを使い BASIC でプログラムを作成したり,図を描いたりして遊んでいました.これらのことはすぐに飽きてしまい,次にマシン語に挑戦です.しかし,これは挫折.コンピュターの仕組みを理解していない中で,マシン語は無理です.マシン語とともに興味を持ったのは,数値計算です.ニュートン法程度はすぐに理解しましたが,それ以降はなかなか進みませんでした.当時の物理学科では数値計算を教えていなくて,自分で学習するのも限界がありました.数値計算の講義を開講して欲しかったなー.

大学一年生のコンピューターの講義では,FORTRAN でした.当時は紙パンチカードです.大学二年生になると,TSS が導入され端末から直に入力できるようになりました.本当にコンピューターを触っている感じがして,その空間は好きでした.大学二年生の時の講義は,PASCAL でした.大学四年生になると,卒業研究でプラズマの加熱の数値計算をしました.それでも,あまり数値計算については理解していなかったです.

社会人 (5年目まで)

社会人になって加速器の開発の仕事に携わりました.入社して最初に,ベッセル関数が絡みあった複雑な方程式を計算するように言われました.このプログラムはニュートン法を使って,作成しました.その他,実験解析などに使っていました.この時代は,MS-DOS です.加速器の開発には,コンピューターシミュレーションを多用します.当時は,PC は非力で,大型コンピューターでポチポチ計算していました.このとき初めて,有限要素法とか差分法とか様々な偏微分/常微分方程式を計算するテクニックがあることを知りました.「PC-9800 シリーズでも購入し,数値計算の勉強をしようかな〜」とも考えていましたが,結構高いので二の足を踏んでいました.

当時,会社では IBM の CADAM という機械系 CAD ソフトを使っていました.IBM PC と OS/2 の組み合わせです.当時の感覚でも「この GUI はセンスがないなー」と思っていました.会社の同じセンター内に Macintosh マニアの人がいて,感化されました.SE/30 が欲しかったのですが,とても購入できるような価格ではありません.たまに秋葉原に行き,「いいな〜」と眺めていました.この頃,ワープロがかなり進化しました.Macintosh が無くても,割と綺麗に印刷結果が得られます.そこで,Toshiba の Rupo を購入しました.これで様々な文章を作成するとともに,モデムを使ってパソコン通信をしました.自宅から外部に通信ができることに感激したことを憶えています.

大学院時代

Macintosh SE/30
図3: Macintosh SE/30

会社の方から「大学院で三年間,勉強してこい」と言われました.と同時に結婚しました.当然,独身の貯金 (およそ600万円) はめしあげられました.この時,無理を承知で「Machintosh SE/30 を買っていい?」と嫁さんに聞いたところ,OKが出ました.憧れの SE/30 をプリンター込みで 60万円で購入しました.この SE/30 は後での博士論文作成に,大いに役立つことになります.今見ても,SE/30 は格好良く,今まで出会った PC の中では最高のものと思います.

この時,Mathematica というソフトウェアーと出会いました.このソフトウェアーとの出会いは,衝撃でした.

大学院では,加速器内の電子ビームの不安定性の元となる電磁場の振る舞いについて研究しました.当時はワークステーションが流行り始めた頃です.



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