Yamamoto's Laboratory
 
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空間電荷効果ブリルアンフロー条件の導出

電子リニアックの低エネルギー部でのビームの収束に使われることの多いフォーカスコイルの磁場の理論式を求めます.フォーカスコイル内では,ビームを一定サイズ(半径)で輸送するブリルアンフロー(Brillouin flow)が望ましい状態とされています.この状態になるフォーカスコイルの磁場条件の式を,このラグランジアンを用いて導きます.

目次


はじめに

電子銃からバンチャー加速管出口までの機器は,リニアック出口のビームの性能を左右する重要な部分です.この部分では電子ビームのエネルギーが低いため,空間電荷効果の影響を強く受け,何がしかの収束力がないと電子ビームサイズは瞬く間に増大します.通常,それを防ぐために,フォーカスコイルを用いたビームの集束が行われます.空間電荷効果とその収束力を釣り合わせて,ビームの直径を一定に保つようにします.

フォーカスコイル内でビームサイズが一定の層流の流れをブリルアンフローと言います.これを実現するフォーカスコイルの磁場の条件は, \begin{align} B_z = \cfrac{1}{r_o}\sqrt{\frac{2}{\pi}\frac{m_0}{e}\frac{Z_0I_b}{\beta\gamma}} \label{eq:FC_Bz} \end{align} です.ここで,$B_z$はコイルによる$z$方向の磁束密度,$r_0$は電子ビームの半径,$m_0$は電子の質量,$e$は電子の電荷,$Z_0$は真空中のインピーダンス,$I_b$はビーム電流,$\beta$と$\gamma$は相対論の因子です.

リニアックの設計では,この式を手がかりにして,電子銃からバンチャー加速管のフォーカスコイルの磁場を決めます.最終的には,ビームトラッキング計算で最適なフォーカスコイルの磁場分布を決定しますが,この式が重要であることには変わりがありません.この式(\ref{eq:FC_Bz})を満足さえすれば,ビームサイズ一定になる — というわけではありません.これは,必要条件の一つにすぎず,フォーカスコイルへの入射の条件も関わります.

フォーカスコイルの磁場を与える目安の式(\ref{eq:FC_Bz})は,以下に示すさまざまな文献に書かれています.

  • 参考文献 [1] では, \begin{align} B_z = 3.69\times 10^{-5}(I_b/\beta\gamma)^{1/2}/r_0\label{ea:TOMIMASU} \end{align} と書かれています.これは,式(\ref{eq:FC_Bz})とまったく同一です.
  • 参考文献 [2] では,運動方程式は「Kapchinsky-Vladimirsky の式」から始まり,ブリルアンフローの式を導いています.筆者は,最初の運動方程式でつまづきました.初心者には分かり難いと思えます.
  • 参考文献 [3] では,式(\ref{eq:FC_Bz})と同一な式が記述されており,導く手順も書かれています[注意].しかしながら,解析力学の手法を使っていないので,筆者にはその計算は分かりにくと感じました.
  • 参考文献 [4] にも同様な計算を行っていますが,もともとクライストロンの解説なので,相対論的な取り扱いを行っていません.また,解析力学の手法を使っていないので,その計算は分かり難いと感じました.

式(\ref{eq:FC_Bz})を使う上で,これらの論文や解説書は参考にはなります.しかし,単にそれらを読んだだけでは,式の仮定や条件などを深く理解するはできないでしょう.その一方,闇雲にシミュレーションコードでトラッキング計算を行えば,この式が理解できなくても設計は可能です.とはいえ,理解できない式を設計に使うのも気になります.そのようなことから,この式を一度導くこととにしました.

参考文献 [3] では,きちんとこのブリルアンフローの式を導いていますが,筆者には分かりづらいものに思えました.いきなり運動方程式から出発し,面倒な計算を行っています.普通に考えたら,ここは解析力学の出番で,ラグランジアンから出発するのが王道であるし,教育的でもあるでしょう.ここでは,この王道を進み,式(\ref{eq:FC_Bz})を導きます.

こんなこと,とっくに誰かが計算していると思いますが,筆者は知らないのでこの WEB サイトで紹介します.また,この WEB サイトに間違いが有るかもしれません.気がついたことが有れば,メールを頂きたいと思います.

フォーカスコイル内での収束

軸対称のラグランジアンと保存量

電子銃からバンチャー加速管までの集束コイルの区間は,ほとんどすべてのものが軸対称です.バンチャー加速管のカップラーのように軸対称になっていない場所もありますが,ビームが通過する付近の電磁場は良い近似で軸対称と考えることができます.もちろん,電子ビームも軸対称とします.解析力学の基本定理によると,対称性がある場合,保存量が存在します.ここでは,まずこの保存量を導くことにします.

電磁場がある場合のラグランジアンは, \begin{align} L=-m_0c^2 \sqrt{1-\beta^2}-e\phi +e\vm{A}\cdot\vm{v} \end{align} です.

これを円柱座標系で書き直すと, \begin{align} L=-m_0c^2 \sqrt{1-\cfrac{\dot{r}^2+r^2\dot{\theta}^2+\dot{z}^2}{c^2}}-e\phi+e(A_r,\,A_\theta,\,A_z)\cdot(\dot{r},\,r\dot{\theta},\,\dot{z}) \end{align} となります.右辺の第三項のベクトルポテンシャルと速度は,それぞれの成分で表した内積を示しています.フォーカスコイルの内部では,一様な$B_z$成分のみです.この場合,ベクトルポテンシャルの成分$A_r$と$A_z$はゼロとすることができます.電子ビーム自身がつくる磁場には,ベクトルポテンシャルの$A_z$成分が現れます.したがって,ラグランジアンは, \begin{align} L=-m_0c^2 \sqrt{1-\cfrac{\dot{r}^2+r^2\dot{\theta}^2+\dot{z}^2}{c^2}} -e\phi(r,\,z) +eA_\theta r\dot{\theta}+eA_z\dot{z} \label{eq:cylin_L} \end{align} となります.軸対称の仮定から,スカラーポテンシャルとベクトルポテンシャルは,座標$\theta$の関数になれません.他にも,この式には $\theta$ が含まれません.つまり,$\theta$ は循環座標です.したがって,一般化運動量 \begin{align} \cfrac{\partial L}{\partial \dot{\theta}}=\cfrac{m_0 r^2\dot{\theta}}{\sqrt{1-\beta^2}}+eA_\theta r = constant \end{align} は,保存量になります.言い換えると,これは磁場中の角運動量保存則を表しています.真ん中の式の第一項は,通常(電磁場が無い場合)の角運動量になっています.軸対称の場合,空間電荷効果があっても,この式は,常に成り立ちます.

とくに,リニアックのように初期条件(カソード表面)で,磁場がゼロ,かつ$\dot{\theta}$がゼロの場合には, \begin{align} \cfrac{m_0 r^2\dot{\theta}}{\sqrt{1-\beta^2}}+eA_\theta r = 0 \label{eq:angular_momentum_czero} \end{align} となります.

ソレノイドコイルのように,磁束密度が一定の場合,ベクトルポテンシャルと磁束密度の関係は,簡単に求めることができます.付録の A.1 節に示すように, \begin{align} A_\theta =\cfrac{r}{2}B_z \end{align} と計算できます.これから, \begin{align} \dot{\theta}=-\cfrac{eB_z \sqrt{1-\beta^2}}{2m_0} \label{eq:half_cyclotoron} \end{align} となります.これは,ちょうどサイクロトロン周波数の半分になっています.このことは,遠心力とバランスしていないことを示しています.磁場による収束力に比べ遠心力が弱い状態です.後で述べるように,これは空間電荷力を含めてバランスすることができます.

ビームサイズを一定に保つには

次にフォーカスコイル中でビームサイズを一定に保つ条件を探します.そのために,$r$方向の運動方程式を表すつぎのラングランジュの方程式 \begin{align} \ddiffA{}{t}\left(\pdiffA{L}{\dot{r}}\right)-\pdiffA{L}{r}=0 \label{eq:lagrange_pdiff} \end{align} を考えます.式(\ref{eq:cylin_L})をこの式の左辺第一項に代入すると, \begin{align} \ddiffA{}{t}\left(\pdiffA{L}{\dot{r}}\right)= \ddiffA{}{t}\left( \cfrac{m_0 \dot{r}}{\sqrt{1-\beta^2}} \right) \end{align} が得られます.この式の括弧内は,運動量になっています.このことから,式(\ref{eq:lagrange_pdiff})の左辺の第二項は,力になると予想できます.先ほど同様,この式の第二項に式(\ref{eq:cylin_L})を代入すると, \begin{align} \pdiffA{L}{r}=\cfrac{m_0 r\dot{\theta}^2}{\sqrt{1-\beta^2}} -e\pdiffA{\phi}{r} +e\left( A_\theta \dot{\theta} +r\dot{\theta}\pdiffA{A_\theta}{r} +\dot{z}\pdiffA{A_z}{r} \right) \end{align} となります.以上の式をまとまると, \begin{align} \ddiffA{}{t}\left( \cfrac{m_0 \dot{r}}{\sqrt{1-\beta^2}} \right) = \cfrac{m_0 r\dot{\theta}^2}{\sqrt{1-\beta^2}} -e\pdiffA{\phi}{r} +e\left( A_\theta \dot{\theta} +r\dot{\theta}\pdiffA{A_\theta}{r} +\dot{z}\pdiffA{A_z}{r} \right) \label{eq:EMO_00} \end{align} となります.これが,円柱座標系で記述した$r$方向の運動方程式です.左辺は,通常のニュートンの運動方程式の$\diff p_r/\diff t$の形になっています.右辺の第一項は向心力,第二項は電場による力,第三項は磁場による力です.特に,第三項の括弧内の最初の二つの項はフォーカスコイルの収束力,三つ目の項はビーム自身がつくる磁場による収束力です.これらは,ちょっと分かりにくいが,ベクトルポテンシャルを磁束密度に書き直すと磁場による力だと直ちに理解できます.

つぎに,この運動方程式に,角運動量保存則を適用します.電子銃のカソードに磁場がない場合の式(\ref{eq:angular_momentum_czero})を適用すると,運動方程式(\ref{eq:EMO_00})は次のようになります. \begin{align} \ddiffA{}{t}\left( \cfrac{m_0 \dot{r}}{\sqrt{1-\beta^2}} \right) &= \cfrac{\dot{\theta}}{r}\left[ \cfrac{m_0 r^2\dot{\theta}}{\sqrt{1-\beta^2}} +eA_\theta r \right] -e\pdiffA{\phi}{r} +e\left( r\dot{\theta}\pdiffA{A_\theta}{r} +\dot{z}\pdiffA{A_z}{r} \right)\nonumber\\ &\qquad\qquad\text{式(\ref{eq:angular_momentum_czero})より,右辺第一項はゼロ.}\nonumber\\ &=-e\pdiffA{\phi}{r} +e\left( r\dot{\theta}\pdiffA{A_\theta}{r} +\dot{z}\pdiffA{A_z}{r} \right) \label{eq:EMO_01} \end{align} フォーカスコイル内でビームサイズが一定にするためには,この式の右辺がゼロになる必要があります.ただし,右辺がゼロだからといって,サイズが一定というわけではありません.運動量が変化しないだけで,ビームの半径 $r$ が一定の必要条件に過ぎません.

この式の右辺第一項は, \begin{align} -e\pdiffA{\phi}{r}&=eE_r\nonumber\\ &\qquad\qquad\text{付録Bの結果を使うと}\nonumber\\ &=\frac{e}{2\pi\varepsilon_0}\cfrac{rI_b}{r_0^2 \dot{z}} \end{align} となります.式(\ref{eq:EMO_01})の右辺の第二項と三項を計算するためのベクトルポテンシャルは,付録Aに示しています.また,$\dot{\theta}$については,式(\ref{eq:half_cyclotoron})を使うことができます.以上より,式(\ref{eq:EMO_01})の右辺をゼロとした場合, \begin{align} \frac{e}{2\pi\varepsilon_0}\cfrac{rI_b}{r_0^2 \dot{z}} -\cfrac{e^2rB_z^2\sqrt{1-\beta^2}}{4m_0} -\cfrac{e\dot{z}\mu_0 I_b r}{2\pi r_0^2}=0 \end{align} となる.つぎに,$\dot{z}$は$c\beta$と近似し,この式を整理すると, \begin{align} B_z = \sqrt{\frac{2}{\pi} \frac{m_0}{e} \frac{I_b}{r_0^2\sqrt{\gamma^2-1}} \sqrt{\cfrac{\mu_0}{\varepsilon_0}}} \end{align} が得られます.これが,当初目標としたブルリアンフローの必要条件の式です.

この式を少しばかり変形すると, \begin{align} B_z &= \sqrt{\frac{2}{\pi}\frac{m_0}{e}\sqrt{\cfrac{\mu_0}{\varepsilon_0}}} \cfrac{1}{r_o}\sqrt{\frac{I_b}{\beta\gamma}}\nonumber \\ &=\cfrac{1}{r_o}\sqrt{\frac{2}{\pi}\frac{m_0}{e}\frac{Z_0I_b}{\beta\gamma}}\\ &=3.6927\times 10^{-5}\times\cfrac{1}{r_o}\sqrt{\frac{I_b}{\beta\gamma}} \end{align} となります.ここで,$Z_0$は真空中のインピーダンスで, $Z_0=\sqrt{\mu_0/\varepsilon_0}=376.73\unit{\Omega}$です.これは,式(\ref{eq:FC_Bz})や(\ref{ea:TOMIMASU})と同一です.目的とする式を導くことができました.

まとめ

これまでの計算から,$B_z$方向線分のみの一様磁場中での直流の荷電粒子のビームサイズ(直径)を一定に保つ必要条件の一つである磁場 \begin{align} B_z = \cfrac{1}{r_o}\sqrt{\frac{2}{\pi}\frac{m_0}{e}\frac{Z_0I_b}{\beta\gamma}} \end{align} を導くことができました.ラグランジアンから出発したので,従来の方法に比べて比較的簡単に目的の式を導くことができたと考えています.

ベクトルポテンシャルの計算

フォーカスコイルがつくるベクトルポテンシャル

$z$ 方向成分のみの一様磁場中のベクトルポテンシャルを求めます.この場合,円柱座標系でのベクトルポテンシャルは,$A_\theta$成分のみとすることができます.$A_r$や$A_z$はゼロなので,$B_z$は, \begin{align} B_z=\cfrac{1}{r}\pdiffA{(rA_\theta)}{r} \end{align} となります.したがって,ベクトルポテンシャルは, \begin{align} A_\theta =\cfrac{r}{2}B_z \end{align} と直ちに計算できます.

電子ビームがつくるベクトルポテンシャル

ビーム電流$I_b$,半径$r_0$の荷電粒子ビームが作るベクトルポテンシャルを計算します.これは,ちょっと面倒な手続きが必要です.最初に磁場を求め,それからベクトルポテンシャルを計算します.

静磁場のマックウェルの方程式と,磁束密度と磁場の強さの関係から, \begin{align} \cfrac{1}{\mu_0}\rot{\vm{B}}=\vm{j} \end{align} が得れます.これを,図 1 に示す体系で積分します.これにストークスの定理を用いると,一様な電流密度の電子ビームが作る磁場は, \begin{align} B_\theta = \cfrac{\mu_0 r I_b}{2\pi r_0^2} \end{align} となります.ここで,$I_b$はビーム電流,$r_0$はビームの半径です.この磁場は,$A_z$のみのベクトルポテンシャルの微分から計算できます.円柱座標系でのそれらの関係 \begin{align} B_\theta = -\pdiffA{A_z}{r} \end{align} を用いと,ベクトルポテンシャル \begin{align} A_z=-\cfrac{\mu_0 I_b r^2}{4\pi r_0^2} \end{align} を導くことができます.

ビームが作る磁場B_thetaを計算する体系
ビームが作る磁場$B_\theta$を計算する体系

スカラーポテンシャルの計算

ビームが作る電場は,図 2 に示す体系にガウスの発散定理を用いると,簡単に導くことができます.結果は, \begin{align} E_r = \frac{1}{2\pi\varepsilon_0}\cfrac{rI_b}{r_0^2 \dot{z}} \end{align} です.したがって,スカラーポテンシャルは, \begin{align} \phi = -\frac{1}{4\pi\varepsilon_0}\cfrac{r^2I_b}{r_0^2 \dot{z}} \end{align} となります.

ビームが作る電場Erを計算する体系
ビームが作る電場$E_r$を計算する体系

ページ作成情報

参考文献

  1. T. Tomimasu et al. Strong focusing system of FELI 6-MeV electron injector used for ultraviolet range FEL oscillation. Nuclear Instruments & Methods in Physics Reserch section A, Vol. 407, pp. 370 – 373, 1998.
  2. 「自由電子レーザー」研究専門委員会. 入門自由電子レーザー. 社団法人 日本原子力学会, 1995.
  3. S. R. Farrell and et al. THE OSAKA UNIVERSITY LINAC. IEEE Transactions on Nuclear Science, Vol. NS-26, No. 3, pp. 4283 – 4285, 1979.
  4. 福田茂樹. 円型電子加速器のエミッタンス入門 クライストロンとその周辺. 高エネルギー加速器セミ ナーOHO. 高エネルギー加速器科学研究奨励会, 1988.

更新履歴

2014年11月03日 ページの新規作成


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